第1巡:総括:李 担当分

トップページ >> 授業概要 >> 基礎プロジェクト2 >>
発表:2003/05/08

限界を超えて

(1)内容のまとめ
 1972年に出版された<成長の限界>の続といえるこの本はいかに限界を超えて人 間が生き返せいるのか、と議論するのである。
 第一章ではオーバーシュートについて論じられて原因として一つ目は動きや行為、 変化の急激さ、二つ目は限界や障害を持っていること、三つ目は抑制が困難であること。 その結果は二つで一つ目は破壊が生じること、もう一つは意図的な方向転換、過ちの訂正、 慎重な減速が起きることである。この考察に対し、科学的経済的理論、統計資料、コンピ ュータモデルと最も重要な世界観この四つの手法がある。第一章の残りの部分は各章の内 容を概略に説明する。
 第二章では正のループ(フイードバックループ)と負のループこの二つの概念を使 って世界人口の増大と工業の成長を説明した。人口増加は正のループを持っていて自ら再 生して成長する。これは幾何級数的成長という限界へ推し進める力である。次に人口が増 えると工業資本の成長は減速する。ゆえに貧困、子供の収入、労働力に頼る国あるいは地 域はさらに人口が増える悪循環が発生することを説明した。ですから、成長よりも限界に 焦点を当てるべきである。
 第三章ではソース、シンク、スループットの状況を概観する。スループットとは 地球のソースからエネルギーと原料の供給、地球のシンクへの汚染と廃棄物の排出、この ソースからシンクまでのフローのことである。次に実際のデータのもとに再生可能な資源 の食料、水、森林ほかの生物種の破壊、汚染と不可再生資源の化石燃料、原材料の急減少 を説明して現在の人類社会の資源消費、廃棄物汚染のペースは持続ではないことがわかる。 このスループット過剰は技術や制度の変革と資源の効率的な利用より減らすことは可能 であるが地球は限界に近づいていく。
 第四章ではワールド3のモデルで人口と経済が収容力の限界に接近する際に取り うるモードを予測する。ワールド3のモデルの各要素とその関係を説明してから限界を設 定するとしない場合の結果を予測する。実際の限界はシグナルが遅れたり、無視されたり するので行き過ぎてしまうこともある。システムに侵蝕ループが存在すれば行き過ぎから 破局へと導くことになる。
 第五章では第四章に話した限界の遅れと侵蝕ループの実例としてオゾン層ホール 挙げられた。国際協力を生み出し行動することで限界を超えないように維持することが可 能であるとわかる。
 第六章では技術革新と市場メカニズムの機能と限界を論じながらワールド3によ るさまざまなシミュレーションの結果が紹介されている。その次、石油と漁業産業の例が 挙げられてワールド3の究極の限界は時間であることを説明した。
 第七章では限界への対応は誤魔化し、否定し、混乱させるのではなく経済的が緩 和でもなくシステムの構造を変える必要があると述べてさまざまな目標やインセンティ ブ、代償、およぴフィードバックループなどを変えることよりワールド3を使ったシミュ レーションの結果を紹介している。そして持続可能な社会を定義し、その持続可能性に向 けて再構築するためのガイドラインが列挙される。
 第八章では農業革命と産業革命の後に新たな革命、持続可能性革命が必要とされ ていると述べる。この革命に有益と感じた五つのものを言及する。つまり、ビジョンを描 くこと、ネットワークづくり、真実を語ること、学ぶことと愛すること。中に最も重要な のは愛することである。

(2)討論の概要
 まず、篠原さんの論点を述べる。
 本によると持続可能な開発というのは
●再生可能な資源の持続可能な利用速度は再生速度を超えるものであってはな らない。
●再生不可能な資源の持続可能な利用速度は再生可能な資源を持続可能なペー スで利用することで代用できる程度を超えてはならない。
●汚染物質持続可能な排出速度は環境がそうした物質を循環し、吸収し、無害 化できる速度を超えるものであってはならない。
 WCEDのビジョンは、人間は持続可能な開発を行う能力があるという楽観的、希望 的なものである、と篠原さんは考える。環境保全が可能な程度の開発、経済成長が可能と いう前提は自明ではない。
 本書の著者、メドウスたちは現実の世界をシミュレーションモデルで持続可能な 開発の実現について検証し、複雑な世界の安定解を導く。しかし、その安定解は各国にも 最適な安定解ではない。すべての人々は自分の利益を犠牲する覚悟がなければ持続可能な 開発、成長が本当に可能かどうかはわからない。メドウスたちによると持続可能な成長の 意味は成長を抑制しつつ定常状態に達するまでの過度的成長期間がある。しかし、世界全 体として過度的成長期間に移行しようという合意はまだできていない。残された貴重な 100年に各国早急に合意し、過度状態を乗り切る必要がある、と篠原さんは考える。
 そして、篠原さんは近いうちに新しいエネルギー源が発見されているのだろうか、 という問題を提出した。現在世界で使われている電力を数千年を維持できる量がある、月 面に蓄積されたヘリウム3が挙げられた。高い技術が要求されるために、実用はまだまだ 先の話であるのでいまだエネルギー問題の根本的な解決にはなっていない。

 次に古宮さんの意見を述べる。
 最初に古宮さんは、世界の人々の意識が自分の生活レベルや資源の使用を抑制す るまで持続可能な社会へ至るまでに努力しようと決意することは本当に可能なのか?可 能であるとするならばどうやってそれを実現させるか?、という問題を出した。
 次に著者の見解を並べてそれに対して自分の意見を述べていく。「人間の美徳も、 より良い世界を目指す革命の実現に足りるだけのものがある」という文に対して証拠な さそう。この結論を導くのは人々はそれを信じて持続可能な社会を実現させるために行動 しなければならない。著者が考えた五つの有益な手段は具体性に欠ける。
 最後に古宮さんの自分の見解を述べる。古宮さんは二つの前提
●人間は賢く(倫理的な面は含まず)、人類は持続可能性の達成という根本的な 課題に取り組むだけの能力がある。
●人間は基本的に自己の利益を優先する。
のもとに考える。人間は自分の利益を優先するので数百年先、自分に関係がない人のため に自分を犠牲にしようとは考えない。だから世界の人々の意識が自分の生活レベルや資源 の使用を抑制するまで持続可能な社会へ至るまでに努力しようと決意するとは思えない。 教育と社会ルールの手段を用いて持続可能な社会に向けた行動が自分の利益になると感 じるような社会(育つ環境)に作為的にしてしまえばよいと考える。

そして坪内さんの見解を述べる。
坪内さんは以下の三点で見解を述べていく。
●本に破局を意味している言葉は書いてあるが結論としてそれ以外の選択肢が 多く起こされていて矛盾していないだろうか、と考える。持続可能性革命は 農業革命、産業革命と同様に世界を大きく変えたが本質的にはまったく異な るものである。ビジョンを描くこと、ネートワークづくり、真実を語ること、 学ぶことと愛することという方針に従えば持続可能な社会を目指す人々には 効果的なものかもしれないがそうではない人には破局を先に迎えてしまう可 能性がある。
●「“節度ある世界は厳格で中央集権的な政府統制型の世界である”という心 的モデルは間違っている」という筆者の意見は根拠が説明されていないし、 挙げられた例も適切ではない。統制的な調整なく持続可能な状態に移行し維 持することができない。社会の構成者全員が同じ目標に向かうという理想論 にすぎない。
●化学物質の製造による環境汚染に関して市場と技術によっては事態は改善さ れない。むしろ事態は悪化するかもしれない。

最後に川崎さんの見解を述べる。
川崎さんは以下の二つの問題を提出し、自分の見解を述べていく。
●「1992年に書かれた「限界を超えて」だが、書かれてから10年が過ぎた今、 世界は行き過ぎから引き返そうと努力してきたか?そして、これからわれわ れに必要なのは何か?」
この問題に対してさまざまな最新データを並べて10年を経過した今世界の姿 を見せてその姿はいまだ成長のあとが見られている。
●「今、真に求められいるのは、人間性の改革か、シミュレーションなどの技 術の発展か」
持続可能な社会を作るにはビジョンを描くこと、ネットワークづくり、真実 を語ること、学ぶことと愛することという心的な要素が不可欠である筆者の 見解に対して、世界中の人間の意識を変えるよりも政治、社会、経済システ ムなどの改造は先決である。

(3)自分の見解
 持続可能な社会といっているがこの「社会」の範囲は明らかではない。もしその 範囲は国としたら持続可能性を実現できる可能性が大きいと思うがほかの国から影響を 受けていないことを前提とする必要がある。その範囲は全世界だったらその実現が難しい。 その範囲は全宇宙あるいは全太陽系である場合は今の話ではない。
 ほかの国から影響を受けていない、技術、経済と政治システムが十分発展(この 発展の意味は有益の方向に向かうことで成長とは違う)している理想的な国を考えると国 内で国民の代表である政府より全国民の意識を同じ方向に向かうことできる。ワールド3 モデルで証明した、持続可能な社会を実現可能であることは事実であれば全国民は持続可 能な社会を目指して力をあわせて実現の方法を見つけ出す可能である。持続可能な社会を 実現するための障害は不可再生資源の減少と可再生資源の汚染(大体再利用できない物質 は可再生資源に入っていることと思う)である。この理想な国に技術の発展よりほとんど の物資は再生、再利用できるとすれば持続可能な社会を実現できる。今もほとんどの国は この努力をしていると思う。例として太陽のエネルギーはすごく効率にできで全世帯のエ ネルギー使用量にも足りる程度とすれば世界はどう変わるのかな。
 現実にはこのような理想的な国はない。ほかの国からすごく影響を受けている。 何かをやろうとしてもできないこともある。たとえば最近のイラク戦争をとめようとして も誰もできなかった。核兵器の研究を止めようとしても密かにやっている国もある。今の 技術、経済と政治システムも十分発展していない。不可再生資源の減少と可再生資源の汚 染は少し改善しているが本質は変わっていない。だから持続可能な社会を実現するには全 世界の意識は同じにしなければできない。まず一番やるべきのは国の限界を超えなければ ならない。つまり、全世界の人は地球国というような国を建てれば国の限界をなくして一 つの国として機能することより上で述べた理想的な国に近く、持続可能な社会を実現でき るだろう。
 別の話ですが、発展は成長と違うことを強調したい。成長は単にある方向に向か うことである。発展は有益の方向に向かうことで必ずしも成長することではない。
 ワールド3のシミュレーションモデルは不確かな要素が多いのでその信頼性に疑 問している。カオスみたいなものは入力がほんのわずかに違うなら結果は全然違う、とい う性質を持っている。現実の世界はきわめて複雑でカオスだったらこの本のすべての意味 が失うことになった。

administrated by umekkii -> admin@umekkii.jp