第2巡:討論:藤田 担当分

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発表:2003/05/29

シミュレーション基礎プロジェクト2
第2グループ第2ラウンド 討論資料

―対象文献:野中郁次郎,竹内弘高「知識創造企業」(東洋経済新報社)―
平成15年5月29日金曜日第3・4限
工学部システム創成学科シミュレーションコース 3年 03−30798 藤田 智

0.基本的スタンスと資料の全体構成

 文献「知識創造企業」の大枠を認めた上で、文献の記述が私の考えと異なる点、疑わしいと想 われる点、及び記述が不足していると思われる点のうち、特に重要と思われるものを、討論の題 材として列挙する。
 第1章では、文献の日本企業論に関して疑問点や不足と思われる点を述べる。第2章では、文 献で指摘された様な日本型の経営の考えられる問題点(うちいくつかは文献にも言及されている) を述べる。第3章では、文献が主張するような知識創造企業の実現に際して想定される難点を挙 げる。最後の第4章では、知識創造経営の可能性の内、文献ではあまり触れられなかった部分を 記す。

1.文献の日本企業論に対する疑問と補足

●日本企業は特別不確実な状況にあったか。日本企業の知識創造は不確実性の結果か。

 文献ではしばしば、日本企業が不確実性の中で生き延びたという事が強調される(例:2頁第6 行)。ビジネスに不確実性はつきものであるが、しかし日本企業が外国(例えば米国やドイツ)の 企業に比べて特別に不確実な環境にあったといえるだろうか。文献では不確実性の例として敗 戦・朝鮮戦争・ベトナム戦争・石油ショック・ニクソンショック・円高・バブル経済の破裂が挙 げられているが、例えば朝鮮戦争・ベトナム戦争・ニクソンショック等は当事国の米国の方が遥 かに大きな影響を受けたと考えるのが自然であるし、敗戦にしても例えばドイツは対立する2勢 力に分断統治されるという、日本よりも遥かに不確実性の高い境遇にたたされていた。更に、従 来の日本には「日本株式会社」などと内外から揶揄されるほどの財閥系列の結束や官民協調が存 在していたという事も考えれば、日本企業はむしろ国際的には安定した環境の中で生きてきた 「温室栽培」的な部類に属するのではないだろうか。その日本企業が最近の先行き不透明な経済 状況を前にして、ようやく本格的な不確実性への対応に追われ始めた、といったところが私の見 解である。
 以下に過去の日本と米国のいくつかの経済指標を載せる。日本経済が米国と比べて特別に不確 実であったという事は、少なくともこの様な数値からは読み取れない。

日本及び米国の経済成長率
図1−1:日本及び米国の経済成長率(経済企画庁,米商務省経済分析局)

日本及び米国の鉱工業生産
図1-2:日本及び米国の鉱工業生産(通商産業省,米連邦準備制度理事会)

日本および米国の開廃業率
図1-3:日本および米国の開廃業率(中小企業庁)

 文献では日本企業の知識創造が不確実性の結果だとするような記述(例:4頁第19行)も見られ る。しかし上記の見解が正しければ、この記述は日本企業が特に知識創造に長けていることの説 明にならないことは当然である。
 私はむしろ、日本企業の知識創造における強さは、日本企業が従来安定した状態にあった事に 起因すると考えている。文献では日本は組織中心主義的な経営を行ってきた事が指摘されている (例:295頁図7−1)が、後で述べる様にその様な経営では馴れ合いが生じやすいし、グループで行 われるコンセプト(※巻末註釈参照)中心の知識創造スパイラルは時として非常に効率が悪い場合がある。 それでもなお日本企業が組織中心の経営を行ってこられたのは、経済の先行きが確実で、短期的 な非効率があまり問題にならなかったからかと思う。もう一つ指摘しておくと、文献では日本企 業の知識創造では濃密な人間交流(暗黙知の共有)が重要であるとされている(例:294頁)が、そ の様な交流を終身雇用中心の日本的雇用慣行が促進したと見る事もできる。そうした雇用慣行が 残っていたのは、日本企業の先行きが透明であったからであろう。
 更に、文献の深刻な矛盾を記しておく。4頁第13行では、日本企業は過去の成功体験を捨て 去る潔さを持ち、それがイノベーションにプラスに作用したとしている。一方で296頁第6行で は、知識創造の日本的スタイルは過去への成功体験への過剰適応に陥りやすいとしている。これ らは、文献の日本企業論の大きな矛盾を示している。私の見解としては、前者よりも後者が正し いのではないかと思う。この見解は、日本企業の知識創造における強さは、従来の日本企業を取 り巻く環境が不確実であったことからくるのではなく、むしろ確実であった事に起因するとした 前述の私の見解と、整合するものである。

○コンセプトは単なる宣伝文句?

 後に述べるが、コンセプト中心の知識創造は時として効率が悪い。曖昧なコンセプトを大真面 目に議論して製品開発を行うなどという事が本当に行われているのだろうか。文献の筆者は本当 にコンセプト中心の製品開発現場を見た事があるのだろうか。ひょっとして製品開発のコンセプ トは宣伝のために後からつけただけではないだろうか。その様な疑問がないわけではない。

2.「日本型」経営の問題点

●最適化の欠如−詰めの甘さ−

 文献が述べる日本企業の知識創造スパイラルでは、メタファーやアナロジーを多用して生み出 された新しいコンセプトは、より上位のコンセプトの主旨に合致するかどうかで、採否が決定さ れる(127〜130頁)。この過程で行われる事は、言い換えればとりあえず出てきた満足解を採用 するという事だけであり、それが最適解であるかという事は問題にされない。要するにこうした 過程では、最適でない、いわば詰めの甘い製品が開発される。
 また、日本的な組織中心の経営では、メンバーが互いに甘え、妥協し、その事によって詰めの 甘い製品が開発されてしまうという問題もある。タスクフォース型の組織構造を採用している場 合は、責任の所在が曖昧になり、この問題は特に深刻になる。こうした難点があるため、知識創 造企業の実現のためには知識創造スパイラルの駆動力としての、適切な人事評価体系(悪く言え ば、飴と鞭)を構築する必要がある(後述)。

●コンセプト偏重型経営の排除体質

 文献109頁第5〜9行に驚くべき事が書かれている。本来、コンセプトは優れた品質の商品を 開発するためにあるはずである。或いは、コンセプトと整合する商品が優れた品質の商品となる 様に、コンセプトを設定するはずである。優れた品質を持っていてもコンセプトに適合しないか らダメというのは、全く本末転倒であり、悪しき教条主義である。既存のコンセプトに固執する あまり良い商品を排除してしまう事は、企業にとっても顧客にとっても損失である。コンセプト が重要である事は理解できるが、あまり強調しすぎるとこの様な危険が生じる。

●時に効率の悪い知識創造スパイラル

 文献が指摘するような知識創造スパイラルが、確かに日本企業の知識創造において重要である 事は認める。しかし、1人でちょっと考えればすぐわかる様な事について、わざわざグループ討 論を行ったり、メタファーやアナロジーといった曖昧な言葉を羅列するなどして、結果はこれま た曖昧なコンセプトの形で出てくるというのは、あまりに非効率的である。知識創造スパイラル にはその様な非効率なケースもあることを知っておく必要がある。
 例えば、本田技研工業が小型車シティを開発する際、まず社のトップが「冒険しよう」という スローガンを発し、チームリーダーが「クルマ進化論」というスローガンを考え出し、このスロ ーガンについてチームが議論を重ね、ようやく出てきたのが「マン・マキシマム、マシン・ミニ マム」というコンセプトである。一見してすごいことをやったように文献では書かれているが、 要するに、
クルマ進化論
 →自動車を最適に設計せよ
マン・マキシマム、マシン・ミニマム
 →自動車は内部空間をなるべく広く、且つ車体はなるべく小さく軽く設計せよ
というごく当たり前の事を言ったに過ぎない(私は自動車というのは上記の方針で設計されるの が当然と思っていたのだが)。これはあまりにも非効率ではないか。

○なぜ最近の多くの日本企業は不調か

 この文献にはその分析はない。この文献を読む上でもっとも要注意な点かもしれない。

3.知識創造企業の実現へ向けた課題

●知識創造企業の実現に適した人事評価の確立

 文献によれば、知識創造企業ではグループで知識創造のスパイラル(連結化・表出化・共同 化・内面化)が生じることで、個人の知識がグループによって増幅される。そして、ミドル・ア ップダウン・マネジメントやハイパーテキスト型組織がその様な知識創造に適しているとされる。
 ミドル・アップダウン・マネジメントやハイパーテキスト型組織が知識創造に有利な点を持つ 事は確かだろう。しかし、成果主義に基づく適切な人事評価が行われなければ、こうした組織構 造は作業と責任の擦り付け合いを助長し、企業全体として大きなマイナスをもたらす危険性があ る。
 トップダウン・マネジメントにより統率されたビュロクラシーでは、どれだけ上司の意図に沿 った仕事を行ったか、で評価を行えば良い。ボトムアップ・マネジメントにおいては、各人がど れだけ独創的な仕事をなしたか、で評価を行えば良い。では、ミドル・アップダウン・マネジメ ントやハイパーテキスト型組織においては社員をどの様に評価するべきであろうか。
 知識創造企業では社員の知識がグループでの知識スパイラルによって増幅される。では、増幅 された知識は誰の成果と見るべきであるか。一つの答えはグループ全体の成果、一つの答えは均 等にグループ構成員の成果、一つの答えはグループのリーダーの成果、そしてあと一つの答えは 最初に知識スパイラルを生じさせた社員(発案者)の成果であろう。しかし、前3者に基づく評価 ではグループ構成員に知識創造の動機は不十分である(極端に言えば、全く無い)。最後の1つに 基づく評価ではグループの協調性は失われ、各構成員が独立に知識創造を行うようになり、実態 としてはボトムアップ・マネジメントと殆ど変わらなくなってしまう。結局、知識創造企業での 適切な人事評価の方法は、社員の知識スパイラルへの参加度を丁寧に見ていくというより他にな さそうである。しかしそれは、原理的に難易度が高い上に、費用が若干高くつくであろう。

4.知識創造経営の新しい可能性

○情報通信の高度化と一般化を踏まえて

 文献によれば、知識創造では形式知だけではなく暗黙知が共有される事(共同化)が重要となる。 形式知は容易に文書化できる知識であり、その伝達はインターネットが普及した現在では容易で ある。一方で、暗黙知の共有は、直接会って濃密な人間交流を行わなければ不可能な部分が大半 と考えられる。一時もてはやされた在宅勤務が未だに一般化しないのも、この事情によるところ が大きいと考えられる。
 それでは、今後情報通信の高度化・一般化がますます進行し、文字だけでなく音声や動画が更 に容易に通信できるようになった場合、遠隔地での暗黙知の共有は可能になるであろうか。
 私は相当部分が可能であると考える。但し可能となるためには、通信設備などのハードウェア のみならず、遠隔地での共同作業を支援するヒューマンインターフェースなど、ソフトウェアの 進歩が不可欠であると考える。
 もし遠隔地での暗黙知の共有が可能となれば、遠隔地に分散したチームの間でも知識スパイラ ルが機能するようになるだろう。そうなれば、知識創造企業の更なる発展、とりわけ多国籍企業 の躍進が見られると考えられる。

※註釈:用語「コンセプト」について

 「コンセプト」という語は文献中では「商品開発の標語」というある程度限定された意味で用 いられている様であり、当資料中でもその意味で用いた。conceptは「構想・発想・概念(新英 和中辞典,研究社)」,"someones idea of how something is,or should be done (Longman Dictionary of Contemporary English)"といったより広い意味で用いられる。英語版原著では conceptという語が用いられているが、それらの殆どはproduct conceptの略と考えるべきであ ろう。

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