第2巡:総括:浅田 担当分

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発表:2003/06/05

基礎プロジェクト2「知識創造企業」 総括レポート
30774 淺田義和

1)本の内容
第一章:日本企業が成功した理由は?
  ・「組織的知識創造」
   組織構成員の知識を、組織全体で具現化すること。
  ・「暗黙知」と「形式知」の転換
   ホンダの例、暗黙知の重要性
  ・知識創造の特徴
   メタファーとアナロジー、個人知と組織知、曖昧性と冗長性

第二章:西洋認識論の評価
  ・経済、経営における「知」の議論では、知識創造に対する考察が欠如していた。

第三章:知識創造の理論
  ・四つの知識変換
   「共同化」「表出化」「連結化」「内面化」
  ・知識スパイラル(螺旋的発展)に必要な用件
   「意図」「自立性」「ゆらぎ、創造的カオス」「冗長性」「最小有効多様性」

第四章:松下の「知識創造」の実例

第五章:経営モデル、経営プロセス
  ・従来の方法(トップダウン、ボトムアップ経営方式)の批判
  ・ミドル・アップダウンの提案
   ミドルマネージャーを中心とした経営方式
   ナレッジ・プラクティショナー、ナレッジ・エンジニア、
   ナレッジ・オフィサーの役割について

第六章:ハイパーテキスト型組織
  ・ビューロクラシーとタスクフォースの統合

第七章:企業のグローバル化
  ・日産、三菱の例
  ・異文化共同化
  ・アメリカンフットボールスタイル

第八章:まとめ
 ・知識創造実行のガイドライン
 ・二項対立の解説

2)討論
 本書に書かれていたのは1990年代の話である。例としてあげられた松下は、現在ど うなっているのか?
  ・株価が2001年中期に下降。松下の政策は失敗しているのでは?
  ・他の企業も、2001年中期は下降、ないしは伸び悩みをしている。この下落は、 9・11の影響やITバブル、といった、社会的な要因が存在しているのであって、 松下のみに原因があるわけではないのでは。

 「クルマ進化論」や、「マン・マキシマム、マシン・ミニマム」といったスローガンやコ ンセプトは、はたして本当に革新的なことなのか?ごく当たり前のことを創造したにすぎ なかったのではないか?
  ・一人の人間でも考えつくような意見を絞り出しただけではないか。
  ・場合によっては、集団で考える「知識スパイラル」が非効率的になるのではないか。
  ・当時の時点で革新的であったかどうかは、他社の状況や売れ筋などを総合的に評価 しなければ決断できない。
  ・過去の時代、つまり、この案が出された当時では、革新的であったはず。(デトロ イトの常識に対する挑戦、当時の流行とかけ離れたモデルといった記述。)
  ・トップが「マン・マキシマム・・・」といったコンセプトを提示し、そのコンセプトに ついて考えていく、という方針をとるべきだったのではないか?
  ・トップから与えられてしまうと、反論が出にくくなる。また、ありとあらゆる方向 性を議論する余地が無くなってしまう。

 コンセプト偏重主義になっていないだろうか?
  ・コンセプトは、後からとってつけた宣伝文句的な存在になっていないか?
  ・優れた商品でも、コンセプトに合わない場合、それを破棄してしまってもよいのだ ろうか?
  ・優れた商品の場合は、コンセプトを変えてしまう、などの手段もあるのではないか。
  ・コンセプトに合わないということは、言い換えれば目標に合わない、ということに はならないのだろうか。
  ・「コンセプト」や「品質」といった言葉を、どの程度の意味で考えているか、によ るのでは。ただ単に性能の良さだけを考えた場合と、値段やその他諸々の要素をす べて含めて考えているか、によっては、全く異なる結果が得られるように思われる。

 日本の成功において、「組織的知識創造」は最大の原因であったのか?
  ・それ以外に、様々な要因が存在していたのではないか。
  ・様々な要因が相互作用した結果、生じたことではないか。

 ミドル・アップダウンの提案について、それほどまでに重要なものなのか?
  ・組織を形作るには、人材構成ありき、ではないか。適材適所に配置する、という考 えのほうが当を得ているのではないか?
  ・本書では、「知識創造」を重視し、それを伝えることに重点を置いている。そのた め、言い回しが強くなっているのではないか。どちらの意見も、間違っているわけ ではないと思われる。

 「チームワーク」の重要性は認めるが、その際、「企業」や「個人、プライベート」の区 別はどこで付けるべきなのか。
  ・「個人」を大切にしてはじめて「企業」が成り立つのでは。
  ・企業は、バランスよく、いろんなものを与えてやるべき。
  ・仕事にとらわれすぎず、それ以外のつきあいも有用。

 曖昧性の存在は、本当に重要であるか?
  ・曖昧性が残されている故に、新しいアイデアが生まれてくる可能性もあるのでは。
  ・適度な曖昧性は残されていた方がよいであろう。

 「形式知」と「暗黙知」は、本当に暗黙知の方が伝わりにくいのだろうか?また、理解 のしやすさはどうか?
  ・直接体験が最も有効な学習方法であるならば、暗黙知の方が理解しやすい、という こともあるのではないか。
  ・知識の種類によっては暗黙知の方が形式知より伝えやすい、ということもあるので はないか?
  ・対象としている暗黙知のレベルによって、その違いは生じるのではないか。例えば、 「共有しにくい暗黙知と共有しやすい暗黙知」の境界をどこに引けばよいか、とい った知識は、お互いに共有しにくい例であると思う。簡単な形式知と簡単な暗黙知、 といったように、考える知識のレベルをそろえる必要があるのではないか。
  ・確かに、反例としてあげることができるものも存在するが、総合的に考えて、「暗 黙知」を導入することが重要である、ということを述べたいのではないか。
  ・近年の情報化で、暗黙知をより共有化できるようになるのではないか。
  ・「感覚の認識(あれは奇麗だ、など)」を「暗黙知」として考えるなら、例えば「奇 麗」という判断基準を考えることが基本になるのではないか。
  ・精神的、内面的な成長の度合いも、他社の意見を受け容れるという意味での「暗黙 知の共同化」には重要になってくる。

3)個人的見解

 まず、本そのものに関して。討論内でも出されたことだが、本書が売り出されてから現 在まで、数年が過ぎているため、その内容をそのまま鵜呑みにはできない、ということが ある。実際、96年に出版されてから現在までの間に、例として取り上げられた松下電気 が大幅に成長してきている、とは言い難い。こういった類の、時代の流れに影響を受けや すい本を書くのであれば、情報化が発展している現在、定期的に新しいデータなどを公開 する、といったサービスを追加してもよいのではないだろうか?おそらく、最初のコスト はかかってしまうかもしれないが、長期的にみればプラスになっていくはずである。

 次に、「コンセプト偏重」に対する考え。個人的には、コンセプトを変更することは悪 くない、と思う。しかし、ただ製品に合わせて闇雲に変えていけばよい、といっている訳 でもない。
 「理系の経営学(日経BP)」という本を読んだが、その中で、知識ではなく、経営(お よびより広範囲で考えた設計)についてのスパイラル、すなわち、螺旋的発展について書 かれていた。経営にあたり、最も大事なことは、「何をしたいか」という根底になる哲学 やビジョンであり、それをもとにコンセプトが作り出される。これは、本書のホンダの例 における「冒険しよう」や「クルマ進化論」にあたると考えることができる。そして、こ れをもとに、企画、生産・・・と進めるわけだが、ここで重要なことは、初めのビジョンやコ ンセプトもスパイラルに含まれていることである。
 つまり、仮にコンセプトに沿わず、かつ性能がよい商品ができたとき、どうするか、で ある。この場合、その製品を発売するか否か、というのはどちらがよいか断定しにくいが、 その製品が従来のコンセプトにはない優れた点を持っている場合、それを踏まえたコンセ プトを練り直すべきであると思う。
 初めに決定したコンセプトで貫き通す、ということも大事ではあるが、それを完全に捨 て去ってしまうのでは、有用なアイデア、新しいアイデアの眼を摘んでしまうことになり うる。コンセプトに沿った製品を作り続けることも大切ではあるが、時としてそこに手を 加え、さらに新しいものを作り出すという勇気も(特に、何かよいものが生まれた場合に、 それに固執しやすい企業にとっては)大切であるように感じられる。

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