第3巡:討論:樫木 担当分

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発表:2003/06/26

シミュレーション基礎プロジェクト2 討論

『イノベーションのジレンマ』

30783 樫木 俊史

○持続的イノベーション、破壊的イノベーションの区別は困難ではないか?

 筆者は、いくつか特徴を挙げて持続的イノベーションと破壊的イノベーションを区別し ているが、その区別が難しいようなケースも多く存在するのではないかと私は思う。ここ では、固定電話と携帯電話の関係を例にとってみようと思う。

 まず、日本における携帯電話の登場の歴史について触れてみる。日本の携帯電話(移動 通信)のルーツは船舶用の港湾電話にあり、日本電信電話公社が1953年に商用サービスを 開始したのが始まりである。その後1979年には地上で使える自動車電話が登場したが、ま だ移動中の車内から電話の送受信ができるというものであって、通信の移動性ということ が、まだ乗り物を離れては発想されていなかった。
 そして1985年、電源部とアンテナ部を一つのボックスに収納し、車から取り外して車外 へ電話そのものを持ち運べるタイプが開発された。これがショルダーホンで文字通り肩に かけて持ち運べるようになった。ショルダーホンの初期の重量は3キロ、体積も1500平方セ ンチと、かなり重い鞄を持ち運ぶような感じで移動能力は乏しかったが、初めてポータビ リティ(携帯性)を持った。現在のような形でのサービスが始まったのは1987年のことで ある。当時発売されたのが802型という機種で重さ900グラム、現在のモデルのおよそ10倍 近くあり、サイズも弁当箱ぐらいだったが、移動性、携帯性はかなり高まり、携帯電話と いう名称もこの頃から使われるようになった。その後、米国モトローラ社がポケットサイ ズの携帯電話を開発したことに刺激を受けたNTTが1991年、それよりも小さい世界最 軽量のムーバを発売(220グラム程度)した。そして、ムーバの発売の翌1992年、NTTか ら移動通信部門が独立して、NTT移動通信網(現NTTドコモ)が誕生した。
 ここまでが登場の歴史である。登場した当初は、小型軽量化が進んでも携帯電話市場の 広がりは鈍かった。その理由は、料金の高いことや対象となる市場がビジネスマンや法人 に限られていたことなどが上げられるであろう。そして、対象エリアの拡大や料金が一般 の個人の許容範囲内に収まってくると、爆発的に普及することとなる。そして、近年携帯 電話の加入台数は固定電話を追い越した。

 こうしてみてみると、携帯電話は本書でいう破壊的イノベーションであるようにも見え る。本書に沿えば、NTTが携帯電話市場においても優位性を保ったのは、NTTドコモとい う主流組織から独立した自立的な運営組織形態をとったおかげといえるのであろう。だが、 その破壊的イノベーションの特徴とは異なる、持続的イノベーションともいえる点も見受 けられるのである。
 それは、まず携帯電話の価格の高さである。登場した当初から現在にいたるまで一貫し て携帯電話の利用料金は固定電話と比べてかなり高いのが現状である。これは、携帯電話 市場が固定電話市場にとっての上位の市場ということになりはしないのだろうか。また、 携帯電話の技術は決して簡単なものではないという点や、初期投資もかなりの額をつぎ込 まなければならなく、資金力のある企業にしかできないこともかんがみると、必ずしも破 壊的イノベーションと言えるわけではないのではないのかと思う。
 この場合、固定電話にとって携帯電話は、持続的イノベーションと破壊的イノベーショ ンどちらといえるのであろうか。これをどちらかというのは難しいように思う。

○本書を読んで考えたこと

 現在、日本は不景気の真っ只中にいるが、日本企業は必死で活路をもとめているように みえる。これまでの不況のように政府のテコ入れを期待し、ひたすら我慢を決め込もうと する企業は少ないであろう。政治に期待できなくなってしまったという点はおいておくに しても、これは今までとってきた経済運営手法の枠組みが根底から覆ってしまったからで あろう。海外からの冷たい目は、つい数年前まで賞賛の的だった日本型マネジメントを揺 るがせている。すっかり拠り所を失った企業は、行き場を失い、右往左往している。
 窮余の策として多くの企業は、バブルの際に手を広げすぎた活動分野を大幅整理し、自 己の強みが生かせるよう本業重視を標榜している。しかし、先行きに不安が感じられたか らこそ手がけたものを断念したからといって、なにか安心を与えてくれる事態が新しく現 れるわけではないであろう。旧態依然とした事業の取り組みをつづけるかぎり、小さなパ イを奪い合って競争が激しくなるだけではないか?成熟した領域で選択の余地はあまりな く、ほとんどがコスト削減に邁進しているように思う。
 本書において、日本はかつて破壊的な技術で成長したが、いまはその破壊的な技術にさ らされていると書かれている。しかし、日本企業は生死の瀬戸際で奮闘する割には、相変 わらず横並びの行動が目立つように思う。相互に調整し合う余裕はないはずだが、目を見 張るような変革は皆無にちかい。また、成果を予想しうるばあいのみ認めるのは、行動の 自由を事実上制限することにほかならない。なんらかの権威が現状を支える度合いで結果 の評価に臨むかぎり、現状を批判することは価値を担う権威への挑戦と解釈されやすいか らである。過激分子の烙印を捺されて追放処分になりたくなかったら、わずかでも延命策 が含まれる批判を工夫する必要がある。このような雰囲気のなかで、目覚しい飛躍はなか なか出にくい。破壊は首尾よく避けられるかもしれないが、同時に創造も手の届かない彼 方へ遠ざかる。連続した変革あるいは漸進的な改善の積み重ねでイノベーションを生み出 すには、枠組みの主柱となる多彩な諸制度を通した企業活動の調整が不可欠であるとはい え、それらの諸制度自体が戦後50年余におよぶ酷使の所為ですっかり疲弊してしまった。 いまや日本企業は大中小の差なく、慣れ親しんだ制度やルールや慣行のネットワークを頼 りにできず、みずからの責任と能力によって活路を切り開いていかねばならない。
 自力で動きはじめたとたん、時代の変化が明らかになる。甘い汁を吸ってきた企業ほど、 かつて強い味方であったネットワークが蛭桔にすぎないことに気づき、特権の埒外で苦労 した新興業界の企業が仕掛ける攻勢におののいている。すべての新旧交代と同様に今回も、 前者に声援を送るより、後者にエールを送るべきであろう。
 もちろん、ただ「破壊」をくりかえしさえすれば、ただちに展望が開けるわけではない。 21世紀の経済運営の枠組みを「創造」しなければならないが、一刻も早く「創造」に着手 するうえで障害の除去は必須である。また、枠組みの具体的内容は、既存のネットワーク を「破壊」する過程で徐々にまとまる。無数の企業を巻き込んだルールや慣行や制度は元 来、専門家たちの用意するプランを経営者と官僚と政治家が承認して生まれるものではな い。それらに課せられた使命が、自明の問題について解決策を提案するというよりは、隠 れた問題を顕在化させるところにあるからである。

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